臆病なサイモン
「ダイジョブ」
俺の口真似でもするかのように、ダンゴは小さく笑って見せた。
気にしなくていいよ、怖がらなくていいよ、私は嫌いになったりしないよ。
じわり、と滲むなにかに、俺はフラスコを落としそうになった。
それは涙や汗や喜びなんてもんじゃなかったけど、キンパツを消す為に垂らした墨汁をめいっぱい吸った心臓が、少しだけ軽くなったような、そんな気分。
絞られた墨汁はどこへ行ったのだろうか、なぁ、ブラザー。
正直に言う。
俺はこの時、ダンゴにも同じ匂いを感じてたんだ。
俺以上にずる賢くて、不器用で器用で、愛想笑いが出来ないだけの、気ぃ遣いの女の子が、そこに居た。
「……喜んでいいの、ソレ」
だから彼女の言葉を素直に甘受することにした。
嫌いにはならない。
好きでもないから。
言われたらショック以外のなにものでもないような言葉を、この俺が素直に受け入れられたのは何故なんだろうか。
傷付かなかったし、喜びもなかった。
ただびっくりしただけだけど、うん、やっぱ心臓が、ちょっと軽くなった。
期待がない分、飾らないでいられる。
「君の好きなように受けとれば」
にやり。
彼女は優しくない。
けど。
「今日はカラオケ、「いつも通り」、楽しんできたらいーが」
いきなり方言ぶっこまれて言われた言葉一瞬忘れちゃうところだったけど。
無理に変える必要も今までのままでいる必要もないとダンゴは言った。
まるで長く生きたばあちゃんの話でも聞いてるかのようで、俺は学校の理科室が日本家屋の縁側にでもなったかののような錯覚。
(チュー坊じゃないみたいだよな、ブラザー)
人間てのは現金なもんで、自分のことが落ち着いてやっと、他人に目を向けることができるらしい。
(……ダンゴは変わってる)
転入してきたばかりでなにも知らないが、ダンゴは、やっぱ変わりモンだ。
「ダンゴはさ、」
なにを聞くとも決まっていないのに、俺の口は勝手に開いてた。
オイオイ、なに訊く気だよ、このビッグマウスは。
なぁ、ダンゴ。
なんであんたはそうなの。
「……なんで引越してきたの?」
さすがに本音は口から出なかった。
もうほんと、ビッグマウスとか口だけ……あ、だからビッグマウスなんだけど、小さいことしか訊けないあたりがもう、俺という人物を表してるよな。
「ダンゴ?」
けれどその遠慮して遠慮して遠慮しまくった質問に、ダンゴが答えることはなかった。