さうす・りばてぃー
 驚いた。ここまで上がってくるとは。

 いや、本当は、いつか来るとわかってはいたのだ。それでも、まさかこんなに早いとは。

「どういうことだ?」
 知は尋問するように俺に言う。

「俺に聞かれてもな。本人が頑張ったんじゃないか?」
 俺はとぼけてみた。

「ただ頑張っただけで、あんなに一気に上がるものか」
 
 なるほど、知にとっては、例の「才能に追いつく努力なし」という才能論を一気に崩された気分なのだろう。

「知らねえよ。俺に聞いてどうするんだ。本人に聞けって」
 そう言ってかわしておく。

「それもそうだな。いや、まあいい。これ以上上がってくるようなら、考えてみよう」

 知はあっさり言うと、身を翻して階段のほうへ向かった。

 群衆のざわめきの中から、「品川さんに勉強を教えるという俺の夢がああ!」とか叫んでいる声が聞こえたが、無視して俺も帰路につく。

 階段を下りて、下足箱を抜けたあたりで、よく見知った顔を見つけた。

 穂波だ。

 噂をすればなんとやら。

 白い息を吐き、顔をやや上に向けながら、じっと立っている。

 誰かを待っているようだ。

「よう、穂波」
 俺は普通に声をかける。

「あっ、ゆうくん」

 穂波は振り向き、俺を見つけると、笑顔になった。

「誰か待ってるのか?」

「ゆうくんを待ってたんだよ」

 にこりと笑いかける穂波。

 俺は記憶の糸をたどる。しかし、何もつかめない。

「何か約束してたっけ?」

「別にそういうわけじゃないけど。たまには一緒に帰ろうと思って」

 珍しいことを言う。

 今まで一緒に帰ったことなど、一年通して二日か三日くらいしかなかったのに。

 だが、別に断る理由もない。

「じゃあ、帰るか」

「うんっ」
 穂波は喜んで俺の隣に来る。


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