さうす・りばてぃー
「げ、元気そうだな」

「ゆうくんも」

 一言ずつ話したあたりで、俺は平常心を取り戻した。

 それにしても、まさか、こんなところにまで来て穂波と出会うとは。

「ここでゆうくんに会うとは思わなかったよ」

 穂波も同じようなことを言っている。

 確かに、思い返せば、穂波も俺と同じ高校を受験していた。しかし、住居まで同じ建物になるとは予想外だ。

「でも、この辺で一人暮らしのアパートっていったら、限られてるもんね」

 俺の心の中の疑問に答えるように、穂波が言った。
 彼女はこのアパート、「さうす・りばてぃー」の205に、3日前に越してきたのだという。

 彼女は俺や達也の中学の同級生だった。身長160センチ強で、わりと大人びた顔をしている。

 ややタレ目気味の顔と、ストレートロングの髪が特徴的だった。目立った印象こそないものの、顔もスタイルも、水準以上といっていい。

「穂波、髪伸びたよな」

「うん。せっかく高校に入ったんだから、イメージ変えてみようかと思って。似合うかな?」

 穂波はそう言って、自分の髪に手を入れた。シャンプーのさわやかな香りが、あたりに漂う。

 その髪は、確かに似合っていた。中学時代のショートもよかったが、髪を伸ばすと、ぐっと大人に近づいた印象を受ける。

 だが、その言葉をそのまま口に出していえるほど、俺のほうはまだ大人じゃなかった。

「馬子にも衣装ってやつかな」

 そんなことを言ってはぐらかす。言うべきことはそれじゃない、というのは俺自身の心の中のツッコミだった。

「ありがと」
 穂波は俺のそんな言葉にも、気分を害した様子はなく、にっこりと微笑んでいる。

 昔から、穂波が怒ったところなど、ほとんど見たことがなかった。俺が何を言っても、サラッとかわしてしまう。

 昔、なんとかこの女を怒らせようとして、挑発したことがあったが、ことごとくかわされ、結果として俺の子供っぽさを露呈するだけに終わった。

「どこか行くところだったの?」

 アパートの前で足を止めたまま、穂波が聞いてくる。

「ああ、ちょっとショッピングセンターまで」

「私もだよ。買出しに行こうと思って」

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