君に許しのキスを
凜の瞳には、もう何も映っていないように思えた。

「洋平、のさ、」

不意に自分の名前を呼ばれて、心臓が大きく打った。

凜はいつも俺を『倉嶋さん』か、あるいは『あなた』とかのその場しのぎの呼び方をする。
凜の口から俺の下の名前が出るなんて、初めてのことで、驚きと喜びで言葉が出てこなかった。


「洋平の、『洋』って字は、『海』って意味でしょ?」

周りの客たちは忙しなく移動している。
確かもうすぐ、大水槽での餌やりショーの時間のはずだ。

「洋平。」

もう一度、凜は俺の名前を呼んだ。
それと同時に、俺の心臓も再び大きく跳ねた。

凜はゆっくりと、俺の方に向き直る。

「お願いがあるの。」

まっすぐに俺の瞳を見つめてくる。
その瞳にあるのは、悲しみだろうか。喜びだろうか。
希望だろうか。絶望だろうか。
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