君に許しのキスを
小さくて、古くて、少し赤黒くなってしまった、タコのぬいぐるみ。

子供の時、海くんの家で見つけて、気に入ってしまったあたしに、海くんのお母さんがくれたのだ。

「おばちゃんの宝物だから、大事にしてね。」

そう言って優しく微笑みながら、海くんのお父さんからのプレゼントなんだって、教えてくれた。

その話をする時の海くんのお母さんの、優しくて嬉しそうな顔は、今でもよく覚えている。


「だから、結婚式に相応しいでしょ?」

あたしはそう言ってぬいぐるみを海くんの前に突き出した。

だけど海くんは、あたしの顔を見ると鼻で笑って言った。

「ドヤ顔。」


そしてまた、結婚式の会場に向かって歩き出してしまった。


「待ってよう、海くん。」

あたしは海くんの後をついて駆け出した。

タコのぬいぐるみを抱きしめて。


海くんは時々、歩みを止めないまま、あたしの方に振り返って微笑む。


「早くしろよ、美藍。」
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