ヤクザと執事と私 1
第5節:真木ヒナタの過去 1
極寒の地モスクワは今日もいつもと変わらず冷たい風が吹いていた。
「おい、誰か、その餓鬼、捕まえてくれ!」
突然、市場に男性の野太い声が響く。
騒然とする人々。
その騒然とした人々の中を、1人の少年が両手一杯に缶詰を抱えて、走り抜けて行く。
人々の間をすり抜け、市場の大通りから裏道に入り、周りに誰もいないことを確かめて少年は、ようやく立ち止まった。
「へっ、俺が捕まるかよ。」
息を切らしながら、少年は悪態をつく。
少年は、たぶん12歳の頃の真木ヒナタだった。
たぶん12歳というのは、真木ヒナタ自身も本当の年齢がわからないから。
それは、真木ヒナタが、頭が悪いとかいう問題でなく、その育ちに関係していた。
真木ヒナタの両親は、すでに真木ヒナタの側にはいない。
父親は、生まれてから一度も見たことがなく、母親も真木ヒナタが、たぶん5歳か6歳の時に真木ヒナタを、このモスクワの極寒の路上に捨てて姿を消していた。
その時、運良く、ストリートチルドレンの1人に助けられて、今まで生き延びてこれた。
そんな真木ヒナタの今の家は、マンホールの中。
真木ヒナタは、今日も盗んだ缶詰を持って、今の家であるマンホールへと帰っていった。