魑魅魍魎の菊
「何だと?!俺は今からその子を——ゲッヘッヘ…」
雛の大きな瞳から涙が溢れた。
逃げたかった、大声を上げて助けを求めたかった。
だけど、ここで逃げちゃいけないような気がしたのだ。
自分も、逃げちゃいけないんだ。
「もう!!彼女に近づくな変態!!!!」
その男性は変質者を殴った後に雛の腕を掴んで駅前の方向まで走った。
その手からは——とても温かい温もりを感じたのだ。
温かく、華奢な腕が私を守ってくれたんだ。あの人から救ってもらえたのだ…
《加藤》は満月の光に涙しそうなりながらも、ふと立ち止まった。
目の前には駅のネオンと——君を好きになった本屋。
「……大丈夫?」
「あ、ははは、はい!!大丈夫でアリマス!!」
「大丈夫みたいだね……よかった、無事で」
加藤は泣きそうなのを堪えながら、震える手で彼女に"触れた"のだ。誰かの温もりをもう永遠に味わえないのかもしれないと諦めていた。
だが、今このときだけ……
「あ、あの——…」
「気味、悪いかもしれないけど。俺——君のことが好きなんだ」
フッと笑った加藤は最後に、涙を流しながら笑って走り出した。
流れた軌跡は光の筋となり、あまりにも麗しく…何よりも美しかったと後に誰もが言うであろう。
彼女が呟いた最後の言葉に誰が涙するであろうか。
「……本屋、さん?」
彼女の耳に響いたのは、「サックス、好きなんですね」という…とある本屋さんの声だったのだ。
空はあまりにも色濃く、その真ん中に昇る満月は誰を映し出すのであろうか。