魑魅魍魎の菊
「たた……高村さんっ、」
「綾崎さん——…。逃げな、貴方は狙われている」
私は大分、離れた位置で綾崎さんに言う。あの大蛇は殆ど自我を失っている——…
「で、でも何処よっ!!!」
「——屋上に逃げて、そこなら大丈夫」
綾崎はギロリと菊花を睨みながら長い爪で菊花の腕を掴むのだ。それもそのはず、屋上など誰も入れないし、どこが入り口かも解らないのだ。
「…ふざけないで」
「ふざけてなんかいない。入り口は——南校舎五階、端の教室『歴史文献室』のさらに奥の部屋の階段を昇れ!!」
——意識を研ぎすませ。
(鍵を開けるイメージ、私は影使いだ)
その瞬間、頭の中でカチャリという音が聞こえて来た。そして、私の気迫と目の前の恐怖のせいか綾崎さんは一目散に駆けて行く。
綾崎さんの後ろ姿を見つめながら、どうしようと思いお巡らせる。私はあの大蛇を助けることなんて出来ない——…
(嫉妬と欲望の塊ってヤツからしら、)
——可哀想な容れ物よ。
菊花は堂々とした態度で歩き出す、未だ抗戦を繰り返している三人を尻目にするのだ。
「おい、菊花——」
という、玖珂君の声が耳をくすぐり。加藤さんは空高く浮遊して、綾崎さんの様子を見に行く——…
『——女、殺ス、殺ス、死ネ!!』
「——可哀想な容れ物ね、哀れとしか思えない」
菊花が影の含む笑いを零した瞬間、一気に殺気立った大蛇の尾が華奢な少女の体を薙ぎ払う。
——ズシャアァァアアア!!!!
校舎に突っ込む菊花の姿に、誰もが血の気が引いた。
正影も「刺激すんな」という言葉が口の中で不完全燃焼を起こしたのだった…。