魑魅魍魎の菊
龍星は本能ながら二三歩後ずさった。
何故だ何故なんだ、何でまだ震えるんだよ俺の馬鹿野郎!心無しか美鈴の表情が落ち込んでいるような気がするんだよ。
(畜生…)
「…そうか、蛇の物の怪だから」
穂積は納得したように呟く。だからといって、ここで退くわけにはいかない。玖珂君と菊花先輩の戦いを止めなくちゃいけない。
僕は何も知らないけれど、こんなのは間違っている。普段あんなに仲のいい二人が争うなんて間違っているんだ。
宿命だとか運命なんて知ったこっちゃない。そんなの誰にだって課せられている。だからといって、こんなやり方は違う——
「……ふぅええ…っ…どう、し…ましょ…」
その爬虫類独特の瞳から大きな涙がぽろぽろと流れ出していく、どうしようもないんだろう。
自分の力だけじゃ止められないこんな大事。自分の無力さに失望することは何度もあった。
が、自分の大好きな人たちが傷つけ合うなど見るに絶えない。
「…菊花様が、神を……滅さなけれ、ば…。菊花様、《あの方》に…ヒック…褒めて、もらえない…。けど、正影様と戦って、ほしく……ない——!!!」
美鈴には菊花様が背負われているものを背負う度胸も勇気も器もない。だけれど、それが彼女の「罪」であるから。
一物の怪が介入など出来ないぐらいに過酷であろう。
泣き崩れる美鈴に体の竦みが消えてしまった龍星は本能的に美鈴を抱きしめた。もう、彼女が泣かないように。
消えてしまわないように。——もう、泣くな。
(——あの二人、全て終わったら殴ってやる!)
何故か正影まで数に入れられてしまった。