鴉《短》
がらんとした教室を見渡してみると、出て行くときにはもう誰も居なかったはずの教室に、一人、誰かが席に座っているのが見えた。
でも特に興味も沸かず、その横を通り過ぎ、窓際の席に置いた自分の鞄を掴む。
「真柴、」
背後から名前を呼ばれて、声のほうに振り返る。
人懐っこそうに細められた二つの眼が、こちらを見ていた。
私のクラスの副担任、横山比呂だった。
彼の座っている席の机には、あの教員が持っていたような大きなファイルがあり、わざわざ教室で作業することがあるのかと心の中で首をかしげたけれど、特にそれについて問う気もせずに、視線はすぐに、そこから逸れた。
「真柴、こんな時間まで残ってるのか」
頷くと、横山は小さく笑った。
ちらりと八重歯が覗き、次いで笑窪が見え、その笑顔はまるで少年のように幼く見えた。
「そうかあ。真柴みたいなタイプは、真っ直ぐに家に帰って黙々と受験勉強してるタイプっていう、イメージだったんだけどなあ」
「…受験勉強、必要ないんで」
「あれ?大学進学じゃないのか」
こくりと頷くと、真柴はそうかあ、と息を吐いて。
もうそれ以上何も続かなさそうな雰囲気を感じ、私は、それじゃあと頭を下げて教室を出た。
校舎を出て、カーブを描きぐるりと伸びるガードレールを見つめながら、歩く。
桃色と、紫と、黄金色。
三色の絵の具を混ぜた空に、鴉が三羽、飛んでいた。
あの鴉は何処へ帰るのだろう。
ゴミの山か。
虫に食われた葉の陰か。
だとしたら……私と、同じだ。