燕と石と、山の鳥
狗神の時も思ったが、芹緒の妖怪に関する知識はどうやらすごいらしい。
なんでもないことのようにすらすら話してはいるが、簡単に入ったものじゃないだろう。
そんな中、反対路線の電車の到着を知らせるアナウンスが流れる。
俺と芹緒が立つホームに出てすぐのこの場所はそっちの路線の電車の最後尾になる。
ドンッ
「ぅおっ」
ホームの真ん中で電車を待つ俺の肩に体当たりするようにぶつかった細身の中年は人垣を分け入るようにしてその路線の電車を待つ列の前の方に入って行く。
足元にさっきの中年の物だと思われるハンカチを見付けて、俺は慌てて拾いあげ列に割り込んだ。
「あ、紺…」
「おっさん!ハンカチ落としたぞ!」
俺の声に驚いた周りの連中が飛びのくように道を開ける。
くたびれたスーツに身を包んだ中年は黄色い点字ブロックを越えた線路近くに立ったまま振り返らなかった。
「おいってば…」
後ろから肩を叩く一瞬前、
そいつはこっちをちらっと見遣って、俺の手が肩に触れた瞬間、
さも思い切り背中を押されたように線路に飛び込んだ。
中年の体が宙に舞った次の瞬間にはもう、
まだスピードの落ち切らない電車が勢いよく目の前を横切った。