燕と石と、山の鳥
「なるべく一人一人の目をしっかり合わせて」
すぐに、俺は片っ端から真っ直ぐに目を合わせるようにして口を開く。
それぞれの目に浮かぶ猜疑の念は、意識して見る程、吐き気がした。
「…さっきの人が、俺にぶつかって、ハンカチを落として行った。
教えようとして、声をかけた。
肩に、手をおいただけだ。
俺は、押していない」
言葉をゆっくりと、はっきり紡ぐ。
だんだん、吐き気が引いてくる。
大衆は俺を糾弾しなくなった。
駅員が口を開いた。
「とりあえず、警察を呼ぼう」
辺りが頷いた。
俺はとりあえず芹緒を探す。
奴は割と近くに立っていた。
「大丈夫ですか?」
「ん。
まぁ、慣れてるには慣れてるけどまさか…」
「そっちじゃないです」
「は?…」
芹緒は俺の手をとって自分の左手に乗せ、さらに右手を俺の手に重ねる。
胃の中にくすぶっていた吐き気が、跡形なく消えて行くのを感じた。
そしてゆっくりその翁面で俺を見上げる。
翁面の細めた目の穴の奥の瞳が俺を案じて揺れていた。
「人から向けられる念を直視するなんて、言霊を扱える人間でも相当堪えるんです」