燕と石と、山の鳥




「なるべく一人一人の目をしっかり合わせて」




すぐに、俺は片っ端から真っ直ぐに目を合わせるようにして口を開く。

それぞれの目に浮かぶ猜疑の念は、意識して見る程、吐き気がした。



「…さっきの人が、俺にぶつかって、ハンカチを落として行った。
教えようとして、声をかけた。
肩に、手をおいただけだ。
俺は、押していない」




言葉をゆっくりと、はっきり紡ぐ。

だんだん、吐き気が引いてくる。

大衆は俺を糾弾しなくなった。



駅員が口を開いた。




「とりあえず、警察を呼ぼう」




辺りが頷いた。

俺はとりあえず芹緒を探す。


奴は割と近くに立っていた。




「大丈夫ですか?」

「ん。
まぁ、慣れてるには慣れてるけどまさか…」

「そっちじゃないです」

「は?…」



芹緒は俺の手をとって自分の左手に乗せ、さらに右手を俺の手に重ねる。

胃の中にくすぶっていた吐き気が、跡形なく消えて行くのを感じた。



そしてゆっくりその翁面で俺を見上げる。
翁面の細めた目の穴の奥の瞳が俺を案じて揺れていた。





「人から向けられる念を直視するなんて、言霊を扱える人間でも相当堪えるんです」
< 40 / 104 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop