刹那の憂い(セツナのウレい)
分厚いドアを抜けて、静かな場所で、あたしは解放される。

「あんた、さっき、刹那に微笑みかけられてたでしょ」

あたしは、凍りついた。

この顔。

あの時と化粧は変わっているけど、同じ人だ。

あたしの椅子を蹴飛ばして、転ばせた。

おかげで、唇を切って血をだくだくやっちゃった、あのときの。

「許せない」

許せないのは、こっちだ。

けれど、それを言ったのは相手の方で。

あたしは壁に押さえつけられた。

グーにした右手が、顔目掛けて、飛んでくる。

殴られるんだ。

目を、閉じた。

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