あふれる、ふれる。
-メール 1件

「お兄ちゃんから…。」
ナナコのその一言に、ようやく母親が視線をTVからはずした。
「あの子、今日はスタジオに行くっていってたのにねえ。どうしたのかしら?」
ナナコはそれには答えずに、メールに視線を走らせた。

-FROM:洋介兄
-件名:忘れ物
-本文:
俺の部屋のアンプの前にでっかいBigMuffって書かれたエフェクターがあるから、スタジオまで至急もってきて。お礼にマックおごる。友達も紹介してやる。
スタジオはココ。
XXXXスタジオ XXX駅から…

マックはともかく、友達の紹介って逆にめんどくさい・・・とおもいつつ、母親に声をかける。
「お兄ちゃん、忘れ物もってこいって。出かけてくる。」
そういって立ち上がったナナコに、母親は嬉しそうに言った。
「ケータイもっていってね。」
こっちもめんどくさいな・・・と思いながらもナナコは、机に投げ出したケータイをポケットに押し込んだ。

音楽スタジオという場所にいったのは、はじめてではないが、それでも大人がいっぱいいる空間にナナコはまだなれない。
高校生にあがれば、こういった場所も違和感なく居れるのだろうかとも思うけど、そういう問題じゃないような気がする。ようは人種の問題なのだ。
ナナコは本は読むけど、音楽は聴かない。おしゃれはするけど、集団行動はしない。スタジオにはいくけど、そこで呼吸ができない。
異世界にきた、という感覚が、ナナコの神経を高揚させ、なぜかこの雰囲気に負けられないという気持ちになる。
指定された部屋を探し当て、ドアを覗き込むとそこには見慣れた兄と兄より少し若い男の子がギターを弾いている姿がみえた。
「あ、ナナコ。」
と、兄の視線があうと同時に口が動いた。
視線で「入れ」と指示される。
知らぬ人たちばかりの、しかも轟音の部屋にはいるのには、少しだけ勇気がいった。
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