蒼い月を見つけたら
 ユリアには『力』がない。ただ、人間の動物としての感覚が危険だと告げていた。

 震える体に力をこめて、逃げ出したい衝動をかろうじて抑えた。 ルイトとクロウの周りに渦巻く『力』が見えるわけもない。二人の力がぶつかり合って生じた火花がしばしば目に映るのみだ。もちろんここにいれば絶対という身の安全の保障はないだろう。

 それでも、逃げる気はなかった。




 キィーーーン



 人の耳には届かぬ音が大気を震わせる。


「おれは戦闘には向かないんだが・・・」

「そう?充分強いんじゃない?」


 ルイトの身体能力はずば抜けている。

 その身体能力を生かして文字通り疾風の勢いでクロウに拳を繰り出した体勢でいったん停止する。

 その拳はあっさりと避けられたのだ。

 ルイトは冷静に分析する。



――クロウは強い。



 ルイトの笑みが怒りから冷酷なものに変わった。


「本気で行くよ?」


 ルイトは左手で印を結び、早口に『言霊』を唱えた。


「太陽の加護を断りし 黄昏に住まう神獣 わが前にその姿現せ」


 その瞬間、ルイトの姿が消えた。

 息つく間もなくクロウの眼前に姿を現して『力』をまとった拳を放つ。クロウはそれをかわし、一歩引くと右足を軸にして蹴りを放った。

 ルイトがまたそれをかわして攻撃をする。

 それでもユリアに見えるのは微かな光の残滓だけ。たまに火花が散っているようにも見えるがそれも一瞬すぎていったい何なのか判別できない。二人の動きは早すぎてユリアには追えなかった。

 人の耳に届かぬ音と、人の耳に届く金属音のような雑音が入り乱れて、体の震えを誘発する。



「どうすればいいのよ・・・ミアちゃん・・・!」



 ぎゅっと抱きしめた彼女が、ほんのすこし身じろぎした。

 が、動転しているユリアはそれに気づかなかった。

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