一生分の恋
マイとは、休み明けから手紙も交換していないし、会いに行ってもいない。
ただ、廊下ですれ違ったり、全校集会で遠くから姿を見る度に、幸せな気分になった。
疼く腕の痛みと幸福感が一体化していく。

この傷が痛んでいる間だけ、マイの事を好きでいられる。

これはかなり危険な思い込みだが、この時の自分のは全く自覚がなかった。
周囲の誰かが、何かしらの手を打っていたら、また状況は変わったいただろうが、完全に自分だけの世界で生きていた自分は、ただただ目の前の道をまっすぐ歩いて行くしかなかった。

その道はぬかるんでいたが、気にしていなかった。
マイが一緒に、このぬかるんだ道を歩いてくれる日を信じて。


自傷行為を続けて、短い夏も終わりに近づいたある日の昼休み。

廊下の窓から中庭を見ていた。
中庭は日当たりが悪いながらも、申し訳程度に花壇があって、眺めていても割と退屈しない。

ふっと、マイの香りが鼻をかすめた。
マイの香りは、すれ違うだけで振り向いてしまうほど、自分を引きつける魅力であふれている。

マイが通りかかったのかと思っていたが、なんと自分のすぐ横にマイが立っていた。
無言のまま私の手首を掴んで、引っ張りながら歩き出す。

マイに掴まれた手首は、あったかくなって、しびれているようで、その部分から甘さが全身に広がるような感覚。

あぁ、以前のように抱きしめたい。髪の毛に触りたい…

恍惚に浸っている自分を、マイはトイレに連れてきた。
連れションだけは出会って以来、した事がなかったので、不思議だった。
すると、今まで背中を向けていたマイが振り向いて、私の左腕を持って、しげしげと見つめ始めた。

その時は古い傷と新しい傷とが混ざり合っていて、かなり目立っていた。
「あたしのせいなの?」
お互いに目を合わせずに向かいあい、友達とプールに行ったせいで、よく日焼けしたマイの手をなんともなく見ていた。

「あんたのせいじゃないよ」

自分でも、誰のためにやっているかなんて考えた事もない。
強いて言えば、自分のためか。

女を捨てるため。

「髪を切ったのもあたしのせいでしょ」

何も言えなかった。
ただ、マイの関心が自分に向いている事が幸せだった。
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