一生分の恋
無言の時間。

二階の高さの窓からは夕暮れに染まる街路樹と帰り道の生徒達の笑い声。
二人だけが世界の外側にいるような心地良い疎外感。
いつまでも彼女と二人だけで、この世界の外側にいるのも悪くない…

「私ね…」
マイの艶やかな声が静寂を破った。
「小二の時に両親が離婚してさ」

「前に聞いたかも」
冷たい印象にならないように相槌をうつ。
こんなに注意深い相槌は初めてかもしれない。
彼女は今、自分だけに、幼い頃に負った心のキズをさらけ出そうとしている…
一言だって聞き漏らしてなるものか。


「夜遅くに、ふすまの隙間から聞こえるんだよ。両親の言い争いがさ…」
「そりゃしんどいわ…」
「親は子供が寝てると思ってんだろね。でもね、布団にくるまって全部聞いてたよ。最初はさ、どっちが自分を引き取るか、って話だったんだけど、そのうちね、どちらも相手に押し付け合ってるのに気付いたの。」

マイの痛みが自身の心に流れ込んで来たのがわかった。マイは何事にも執着しないで生きている、と思っていた。

でも、その執着しない態度が周りの人を逆に引き付ける…
それを自覚しているらしい…


彼女の顔を横目で盗み見た。彼女は沈み切りそうな夕日を受けて、無表情だった。

「もう疲れたな…」

ひどく小さな声でポツリと。
私は返す言葉もなく、黙り込んだ。それが何よりも正解だと思ったからだ。

長い長い沈黙…

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