繭(まゆ)
義母は、決してアパートには上がらない。
家に足を入れたのは、結納の時、ただ一度だけだ。
「すいません、急いでますもんで・・・・・・繭ちゃんをよろしくお願いしますね。何かあったら、電話いただけますか?」
「はい、はい、わかりました・・・・・・」
ぺこ、ぺこと頭を下げつづける母と手を繋ぐ私を見て、対抗意識なのかなんなのか、慇懃な言葉使いの中にも苛立ちが見え隠れ。
「ばぁば、いってらっしゃい。まゆちゃん、いいこにしてるよ」
寂しそうな演技ならお手のもの。
こうすれば、あちらは満足し母は傷つかずに済む。
車が見えなくなれば──
後ろを振り返り、優しく頭を撫でる母の、なんて慈みの笑顔。
私たちは、仲良く並んで部屋へと向かう。
20数年、ずっとそうしてきたように。