昭和お笑い暗黒史────戦艦「大阪」解体大作戦
大阪市中央区・吉本興業本社。
「……そうか。通天閣が焼けたか………。」
窓から御堂筋の賑わいを見つめていた男は、一瞬だけ疲れたような表情を浮かべたが、すぐに元の恬淡とした様子に戻り、報告に来た部下と思しき男に軽く微笑みかけた。
「ご苦労さん。下がってや。」
パタン、と扉の閉まる音がしたのを確認してから、男は深々と溜め息をついた。
「………『材料』が、出来てもたがな………これも縁、なんやろか……。」
つぶやいた男に、もう一度先ほどと同じ表情が浮かぶ。
男の名は、林忠通(はやしただみち)と言った。
現在の吉本興業を牛耳る「林一族」とは遠縁ながらも血の繋がりがあり、その為に急遽、新しい部署の代表として、それまで勤めていた他企業から引き抜かれたのだった。部署の名は「渉外部」。彼はその部長であり、そしてこの場合の「外」とは、つまり軍部の事だった。
戦時下において、日本の演劇・娯楽産業もまた、軍部への協力を余儀無くされた。吉本興業も例外では無く、これまでにも、中国大陸に「エンタツ・アチャコ」「柳家金語楼」などを筆頭とする慰問団「わらわし隊」を派遣したり、映画部門では、戦意高揚を目的とする戦争映画「プロペラ親爺」を作成したりもした。
だがしかし、昨今の戦況の更なる悪化は、軍部のみならず、民間に対するより一層の出血を強いる事となる。
そして先日、忠通の元に軍部より届けられた計画書には、にわかには信じがたい内容が記されていた。
「『お笑い』を武器とする兵器の開発」──────。
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