しなやかな腕の祈り
あたし自身も父の存在が気になる事もあった。
だけど、言うほど意識もしてなくて、別に何でもいいという気持ちに近いのも事実だった。





だって、あたしは父の顔も知らない。
見た事ない父親なんか、生きてたって死んでたって…
あたしにはどうでもいい、関係ない事だと今まで思ってきた。





裕子さんもまた、そうだった。きっと母から全て聞いたんだろうけど、言わなかった。




「だけど、分かっててあげてね」





急に諭すように、裕子さんは言った。





「千秋は、あなたの事を捨てたんじゃない。
いつもいつも大事に思ってたし、会いたいと思ってた」





目を見て、その一言をゆっくりと放った。あたしもまた、その言葉に心から素直にうなづけた。



「行きなさい、マドリードへ」




そう言うと裕子さんはカバンの中から手帳を取り出して、紙を破り住所を2ヶ所書いて渡してくれた。





「上が千秋の住所で、下があたしの住所。
何かあったらいつでもきなさい」

「ありがとうございます!!!」



この一枚の紙きれが、今後のあたしの生死をかけたものになりうるとすら思った。




「頑張ってね、千秋の娘」
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