蝉時雨を追いかけて
新入生
 淡紅色の花弁が揺れるように空を舞い、やがて、テニスコートに墜落した。

「また来年」最後の別れを惜しむように、残り香が鼻先を掠めた。

一週間前まで人々を魅了していた美しさは見る影もなく、生きる力を失い、地面に散らばっている。


 桜が自らの力を満開に発揮出来る期間は、ごく短い。

それでも一年をかけて蓄えられたエネルギーが解放されるとき、誰もが惹かれ、感嘆の声をもらす。

5メートルほど先にいる少女は、満開の桜だった。

完成された美しさに目を惹かれ、他の新入生は自然と視野の外に追いやられる。


 一目惚れだった。


 今まで、一目惚れなんて嘘だと思っていた。出会った瞬間に好きになるはずがない。

アイドルを好きになるのと同じで、恋愛感情とは違うのだと、そう思っていた。

だがおれは、紛れも無く恋をしていた。まだ名前も知らない、2つ年下の一年生に、恋をしていたのだ。
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