蝉時雨を追いかけて
 北村麗華はおれの傘から抜け出し、ゲジの目の前に立った。

ゲジも傘は差していない。雨が、ふたりに降りかかる。


「大丈夫だよ、お父さん。私のことは、拓馬くんが守ってくれる。今は拓馬くんがいないけど、拓海さんが守ってくれてる」


 ゲジは毛抜きと手鏡をポケットにしまい、なにも言わずに後ろを向いた。背中に当たる雨が、悲しげに見える。

そこで、ふと気付いた。あのとき、ファミレスから北村麗華とふたりで出てきたスーツ姿の男は、ゲジだったのだ。

北村麗華は、やはり浮気なんてする人じゃなかった。


 ゲジはしばらく黙っていたが、やがて一言だけ、つぶやいた。


「そうか」


 初めて聞いたゲジの小さな声。その声は、すこし震えているような気がした。

木の葉に当たる雨音が、やけにうるさく聞こえた。
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