蝉時雨を追いかけて
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その夜、拓馬はあっさり部屋に入れてくれた。今日は電気もついている。
それなりには、北村麗華効果もあったのだろう。だが、ひさしぶりに入るこの部屋には、なにか違和感を覚えた。
「拓馬の部屋に入るの、ずいぶん久しぶりだな」
「そうだったかな? うん、そうかもしれないね」
久しぶりに顔を合わせたが、拓馬はすこしふっくらしていた。
運動せず部屋にひきこもっていたせいで太ってしまったのだろうか。
紫が好きなのは相変わらずのようで、今日は靴下が紫だ。
「なあ、拓馬。今日、ゲジと話をしてきたんだ。もちろん、おまえのことだ」
「もしかして、進路の話?」
「ああ、そうだ。推薦の話はなくなったらしい。おまえ、これからどうするつもりなんだ?」
「まだ決めていないよ。でも、どこか遠くの大学に行くつもりさ」
「遠くに?」
「たいした理由があるわけじゃないよ。この家から離れたいんだ」
拓馬はどうでもよさそうに紫色のハイソックスを限界まで持ち上げた。
自分のことだというのに、なんでこんな態度なのだろうか。