蝉時雨を追いかけて
 拓馬は笑みを浮かべたままだった。その言葉だけで、全てを悟ったように見えた。


「良かった。安心したよ」


「おまえ、まだ勘違いしてるんじゃ……」


「ねえ拓海」と、拓馬がおれの言葉をさえぎった。


「僕の家庭教師をしてくれないか?」


「おれが?」


「頼むよ。浪人はしたくないからね。夏休みは麗華も部屋に入れないつもりさ」


 おれは黙ってうなずいた。断る理由なんてない。

すると拓馬は立ち上がって、机の引き出しから便箋を2通取り出し、おれに握らせた。

それぞれに、拓馬へ、麗華へと書かれている。


「僕が受験に成功して、この家から出たら、そのときこの手紙を読んでおくれ」


 おれはもう一度うなずいた。なぜ北村麗華宛ての手紙があるのか、おれにはわからなかった。
< 140 / 155 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop