ラグナレク
「―――では、質問も無いようなのでこれにて審査説明を終了します。この後、すぐに筆記試験に移ろうと思いますので、筆記用具と机上に予め用意されてあるはずのテスト用紙の確認を宜しくお願いします」








口早に言い切ると、女性教官は腑抜け面の男性教官を取り残し、廊下に繋がる扉へと足を運んだ。膝を丁度隠すくらいの丈のスカートから覗く長い脚による歩幅は予想以上に広く、あっという間に扉に辿り着く。そのまま退出するのかと思いきや、彼女は一度くるりと方向を転換して受講者の方に向き直ると、「五分後くらいに試験開始のアナウンスが入るから、それまでテストの内容を見ることがないように」と言い残していった。遠ざかってゆく足音を耳にした男性教官は、情けない声色で「待ってくれよぅ」とべそをかきながら、女性教官の後についていくべく教室を飛び出す。『女の尻を追い掛ける』という表現が非常にしっくりくる場面だな、と考えながら僕は嘲笑した。




―――時計を見る。
「あと五分」と言われてから既に三分が経過しており、二人が去った教室には再び氷河期が舞い戻った。
あまりの静寂に息の詰まる思いをしながら、僕は真四角の筆箱から愛用している白を基調としたシャープペンシルと、使い古して角など見る影もない消しゴムを取り出した。
ペンを握り、裏返されたテスト用紙の空白と睨めっこしている受講者の多くは、皆揃って小刻みに震えている。
皆緊張しているんだな、とどこか他人事のようにそんな様子を傍目に見遣りつつ、ペンを一回転、二回転、三回転させ―――。








『―――試験、開始』








―――四回転が停止するとほぼ同時に、時計の両隣に設置された拡音器から初老ぐらいの男性の声が教室一杯に鳴り響いた。
全ての受講者がテスト用紙を一斉に裏返す音が重なり、微々たるものであるはずのそれが、大きな音となる。例えるなら、そう―――再び睡魔に敗北していたバリーの目を覚ますくらいに。
シャープペンシルの芯を出し、僕もテストを裏返す。僕が姓名を記入する頃には、どこか殺気じみたものを含んだかりかりというペンが紙の上を走る音が幾重にも重なっていた。




緊迫した雰囲気の中、姓名を記し終えた僕は大きく深呼吸し、小さな文字がずらりと並んだテスト用紙との戦闘を、いよいよ開始したのだった。
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