ラグナレク
「―――来たみたいだね」








僕達が室内に入ると、待ちわびたかのように誰かがそう言った。
僕は辺りを見渡す。殆どの人は既に奥のシミュレーターがある部屋へと移動しているようだったが、声の聞こえてきた扉のすぐ右隣に、ただ一人だけ長いブロンドの髪を前に垂らした青年が立っていた。歳は―――バリーより少し上くらいだろうか。
僕等が青年の存在に気がつくと、彼は僕達に向けて優しい微笑みを浮かべる。その顔は美しく、中性的でミステリアスな雰囲気を醸し出していた。








「君達、随分と遅れていたようだけど?………どうかしたのかい」

「………まあ、色々と」








苦い顔をしたバリーに代わり、僕がそう答えた。再びバリーに落ち込まれてはたまったものではない、そう考えたからだ。青年は何となく事情を察したのか、その事についてはそれ以上詮索をしようとはしなかった。








「………なんだか、大変だったようだね。でもまあ、時間に間に合ってよかったじゃないか。―――ただ、あまり悠長にしている暇はないようだけれど」

「………ええ、わかっていますよ」








出来るだけ穏やかに、そう答えた。僕もいよいよ余裕がないらしく、他人に対する配慮が無くなってきていた。

―――やはり、緊張しているのか―――。僕は確かに緊張していると、そう感じた。
自慢―――ではないが、僕は今までにあまり『緊張』という感情を味わった事がなかった。何故だか僕は、まるで誰かの力を借りている―――いや、まるでその誰かが僕の体を使っているかのように、初めての事であろうが何でもそつなくこなす事ができた。だから、周りの人から羨まれようが、僕はそれが何だか自分のことではないような気がしていたのだ。しかし、長年夢に見てきた事だからだろうか―――筆記や実技の試験はいつも通りクリアー出来ても、今から行われるであろう実戦テストからは、何故だか妙なプレッシャーを受けているような気がした。改めてそう自分の中で実感すると、嫌な汗が額から流れてきた。僕は右腕で汗を拭う。

………汗を拭い顔を上げると青年は、僕を眺めるようにして穏やかに微笑んでいた。目を合わせると、彼はまるで僕の心の内を見透かしているかのように静かに頷き、全てを包み込むかのような優しい声で彼は僕に語りかけてきた。
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