ラグナレク
「―――あのね、今はそんなこと気にしてる余裕は無いってこと、解るかしら?名前なんて、私みたいにちらっと名簿見たりとか、誰かから噂で聴いたとか、いくらでも知る方法はあるでしょう?ターレスって人が言っていたように、もう時間は無いし、ちまちまとくだらない事で悩んでいる場合じゃないのよ?いい?」

「―――うん、わかってる」








僕は自分に言い聞かせるように、力強く頷いてみせた。彼女は、ならいいのだけれど、と言うと手招きしながらシミュレーターのある部屋へと歩き出した。僕等二人は互いに顔を見合わせ、目で合図するとクレイについていく形で、部屋へ向けて前進を始めた。




―――そうだ。今は、こんなどうでもいいことなんかで迷ってる場合じゃなかったんだ。これからあるテストの重要性に較べたなら、名前を知られていたことくらい、何でもないじゃないか―――。
僕はそう考え、一人でもう一度頷いた。

今大切なのは、目の前にあるテストという壁を意地でも乗り越えて、確実に『ハーモニア』になるということ。それを、ちょっとした考え事の為に失敗したりするような真似だけは、絶対にしてはいけない。それで、バリーやクレイまでテストに落ちてしまったら―――もう僕は、どうしていいか解らない。多分、どうしようもないだろう。

だから、そうならない為にも僕は目の前の事だけに集中しなければならない。―――確かに、あの『昔から僕を知っていたかのような』口調は、気になりはするが―――いや、駄目だ駄目だ。こんな事では、いつミスが出るかわかったものではない。集中しなければ―――。




―――僕が邪念を振り払おうとしている間に、あとの二人はとっくの昔に部屋に入ったらしく、ふと顔を上げた時には、どこにも彼らの姿は見当たらなかった。いよいよまずいと思った僕は、駆け足で扉に向かい、ドアノブを握った。―――ドアノブは、湿っていた。恐らく、色々な人の緊張の汗で濡れてしまったのだろう。
―――不意に、身体の力みが消え失せた。誰しも緊張している、そう思う事で自分だけではないのだという安心感が生まれたからだろう。緊張は解れ、身体がみるみる軽くなる。




これなら、いける。
僕はそう高を括ってみた。 力が溢れ、頭が回る………いつもの僕に、完全に戻っていた。
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