<超短編>月との距離。
ロケット。
昼の暑さがひかず、日はすでに落ちているのに、むしむしとした空気が肌を覆う夕刻、真理子は友人と待ち合わせをしていた。
通り過ぎる人たちを眺めていると
「あれ?」
一人の男性が目にとまった。
「成瀬?」
名前を呼ばれた男性も真理子に気づいた。
「高山さん?」
飼い主を見つけた犬のように顔を輝かせながら、真理子に走り寄った。
「久しぶりじゃないっすか!待ち合わせ?」
「うん、成瀬は会社帰り?」
「はい!こんなとこで高山さんと会えるなんて、俺ついてるなー。」
本当に犬のようだ、と真理子は思った。
コロコロとよく笑うし、よくなついている。
成瀬は、以前真理子がいた会社の後輩で、顔をみるのは2年ぶりだった。
「仕事はどう?うまくやってる?」
にやっと笑う真理子に、成瀬は困ったような笑顔で、
「俺にも後輩ができてるんですよ〜!」
と抗議した。
(確かに。)
真理子は、改めて成瀬を見上げた。
2年前の頼りない面もちとは打って変わり、働き盛りの精悍な表情。
身につけているものも、ランクアップしているところをみると、収入もそれなりにあがっているのだろう。
「再会の記念に高山さんにこれあげます。」
突如、成瀬はカバンからクシャクシャになった小さな包みを取り出した。
その時、
「真理子、おまたせ!あ、はじめまして〜。」
真理子の友人が二人の間に、割って入ってきた。
「あれ?これから合コンだってのに、何男前つかまえてるの!」
場違いにハイな友人に苦笑しながら真理子は言った。
「前社の後輩よ。」
成瀬はお構いなしに、真理子の手に包みを握らせた。
「じゃ、真理子さん。これ、あげるから。」
真理子さん。
成瀬に初めて、しかも唐突に下の名を呼ばれて、真理子はどきっとした。
そしてニッと笑い「今後、飲みでも行きましょう!」と言って去っていった。

真理子が包みをあけるとロケット型のキーホルダーがはいっていた。
彫られた刻印の日付は2年前の退社日。
包みにはメモが入っていた。
『真理子さんは、手を伸ばしても届かない月みたいです。でもいつか追いつきますから!』
真理子は、思わず微笑んだ。
空には、届きそうなほど近い月が煌々と輝いていた。
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