ろく
−こんにちは! ろく、いますか?
私はいつものおばさんのコンビニエンスストアに来ていた。
おばさんは品出しの手を休め、「いらっしゃい」と言い笑顔をくれたが、その顔は少し寂しげだった。
−どうか……なさったんですか?
「いやね、お嬢ちゃん。ろくなんだけどさ。たぶん……この家出てったよ」
−ど、どうして!
「この前、また怪我して帰ってきたんだよ。それから少し元気がなくなってさ、私は病気かと思って病院に連れて行ったんだよ」
−病気……なんですか? ひょっとして……もう……。
私は怪我、病院、帰ってこないと聞いて、てっきりろくは死んでしまったと思ってしまった。
「いやいや、確かに病院には行ったよ。それで色々と検査とかしてもらったんだけどさ、寄生虫もいないし、至って健康だって。傷口に消毒液塗られただけで済んだんだよ」
−とりあえず……良かった! でも……。
「これは私の推測だけどさ。猫はね、特にオス猫はね、縄張り争いに負けると、その土地を出て行かなきゃならないんだよ。最初から家で飼われてるような子はいいんだよ。その子の家が縄張りみたいなもんだからね。でも、ろくは野良猫みたいにほとんど外にいるだろ?だから、そういう縄張りっていうものもあったかも知れないねえ……」
−でも……でも、帰ってくるんでしょ?
「さあ……それはどうだろうねえ……。こんなこと言いたかないけど……。猫は飼い主に死に目を見せないって言うからねえ……」
私はおばさんの言葉を最後まで聞かず、フラフラとコンビニの外へ出た。
ろくがいなくなった事実を上手く受け止めることが出来なかった。
家に帰ろうと足を踏み出すのだが、上手く足が運べない。
自分がまっすぐ歩いているのか、斜めに歩いているのかさえも分からなかった。