花が咲く頃にいた君と
「あっ!」

「待ってて、取ってくる!」


あたしは小夜をその場に残し、シロツメクサを手に立ち上がった。


帽子は、ベンチに座るお爺さんの前に転がった。

「ごめんなさい」



とても怖そうなお爺さんだった。


あたしは恐る恐る、近付き帽子を取り上げる。




お爺さんは、あたしの顔を見ると、目を見開いたまま硬直した。


あたしは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなって、帽子を握り締めて立ち尽くした。


「君、名前は?」

「知らない人には口きいちゃダメって…」


あたしはしどろもどろに答えた。


「何もしない。私に君を誘拐する力もないよ。病人だから」


お爺さんの表情は決して優しくは無かったが、声がとても優しくて

「ふゆしろゆめ」


名前を答えていた。



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