抵抗
その晩は眠れなかった。枕元には夏用の作業服上下が畳んで置いてある。リュックには、着替えようの下着とタオルが入れてある。お金はリュック用と腹巻用と財布用の三つにわけてある。お金は和己が大阪で一日に使う予想額の二十日分はある。

もう午前四時だ。隣には雅美が眠っている。<こいつは、要領がええさかい、なんとかこの家でも、可愛がられて暮らすことができるやろ。>と寝顔を横目でみつめた。

<おれには確かめたいことがある。おかんのことや。おかんは本当に手癖が悪いんか。人の物を盗んだいうけど、ほんまのことやろか。>と思うのであった。また、不安がよぎってくる。<ほんまに、一人で生きて行けるやろか。思うように就職ができるやろか。>との考えが、次々と浮かんでくる。

やがて五時半となった。和己は手早く着替えた。リュックを背負った。靴を掃き、そっと戸を開けてでた。雅美はまったく気づいていない。外は灰色の世界が少しずつ明るくなっている。裏門のかんぬきを外して、夏草の生い茂る小道へでる。塀をぐるっと回って、生活道へでる。一目散に駅へ向かって飛ぶように走った。

畑にでる者もまだいなかった。勤め人の歩く姿もない。前方に駅がみえる信号のところまで一気に駆け抜けてきた。ハアハアと息づかいが激しくなる。止まって息を整える。そして駅まで歩いた。駅まで三メートルの距離になった。

和己は駅への石段をのぼった。するとバラバラと三人の男があらわれた。伯父と番頭と若い衆だった。和己は息が止まりそうだった。そして、心臓が口から飛びでそうになった。「何処へ行く気や。」と伯父がいうと、平手で和己の後頭部をパシンと叩いた。

番頭が和己の肩を抱いた。「もうよろしいやんか。」と伯父が押しだそうとするのを制止した。若い衆も番頭の肩を持ち、伯父の腰のあたりに食らいついた。「わかった、わかったから放せ。」と伯父が若い衆を振り払った。こうして和己の家出は水際で阻止された。

< 10 / 28 >

この作品をシェア

pagetop