抵抗
汚い色の畳だった。アルコール臭のする布団が敷かれていた。布団は二つ折りにされていて、男は背中を布団にもたれさせた。和己はそれ以上は思い出したくなかった。自分が男になにをどうされたのか、おぼろげには気づいている。しかしそれは、それで確認などしたくはなかった。一刻も早く、この場を立ち去り、男の部屋のことは忘れたかった。

和己は体つきにまだ少年を思わせるところが残されていた。道行く人が、和己のほうをみて哀れむような視線を投げかけている。和己はバスタオルで下半身を巻いただけの恰好で路上に放り出されたらしい。男の部屋が何処なのか、どの階段なのか、どのドアから部屋に入ったのか、和己は一切を覚えていなかった。ただ、男と部屋のことは記憶に残った。
男が和己にしたことはこうだ。白い酒を何杯も飲ませ、酩酊させた。両足を揃えるまでに下半身の力の抜けた和己を引きずった。そして自分の部屋へ連れ込んで弄んだのだ。男は男色である。それにプラスして、覚醒剤中毒だった。

男は湯飲みに覚醒剤を入れて白湯をすすめた。覚醒剤入りとは知らず、和己はそれを親切と思って飲み干した。すると、酒の酔いに増して、覚醒の効果が発揮された。こうして、男は和己を凌辱した。その残骸ともいえる体を夜中に路上へ置き去りにしたのである。

「ぼく。大丈夫か。」と六十ほどの小さな女性が声をくれた。「はい。大丈夫です。」と立ち上がった。あちこち、怪我をして、皮膚がすりむけていた。女性は路地に消えると、すぐに白い衣類を持ってきた。「兄ちゃん。これを着なさい。」と和己に衣類を渡した。
「うちの息子の作業着や。ちょっと大きいかも知れんな。」女性はそういうと、首にかけていたタオルで和己の顔を拭いた。「なにがあったか、知らん。おばちゃんは、そんなことききたくもない。着替えたら、早く帰りな。」というと、和己に札を一枚握らせた。

和己は女性に教えられたとおり道を歩き、やがてJRの新今宮駅に近づいた。そのとき、黒い影が飛ぶようにして近寄ってきた。影は和己の胸を押した。弾みで和己は尻餅をつき路上にとめてある自転車を持とうとして、それら数台を横倒しにしてしまった。
                                      
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