抵抗
和己を倒した男は、今度は馬乗りになってきた。拳で顔面を二、三度殴った。和己の口の中が切れた。そして大事そうに持っているリュックを奪うと、貰ったばかりの札をも奪い去った。和己は道に倒れながら、飛ぶようにして逃げる自転車の男をみつめていた。

駅に向かう乗客らしいのが、一瞬足をとめかけるが、思いなおして足早に去って行く。女性の場合は、顔をそむけるようにして素通りした。和己は両手を振ってみた。<手は大丈夫みたいやな。足も両方動く。>と足を屈伸させた。

黒毛の野良犬が近寄ってきた。和己の顔面の血をベロリと舐めた。そのとき、「こらあ。なにをさらす。」とわめきながら、七十年配の老人が杖をふるって近寄ってきた。十五歳の和己からすると、まるで祖父のような感じの人だった。

「ぼうず。立てるか。」老人は寝そべっている和己へ仁王立ちのままできいた。和己は返事をする代わりに、立ち上がってみせた。「背はあるのう。年はなんぼじゃ。」と老人は矢継ぎ早にきいた。和己は三つ重ねて嘘をいった。そして尻に着いた泥を手で払った。

「おっちゃんなあ、琉球そばが食べたいねん。あそこに旗がみえるやろ。今日は天気がええから、やってるはずや。どうや、ぼうずも食べへんか。おっちゃんのおごりやとも。」和己はコクンと返事をして、笑みをみせた。

琉球そばの店は、屋台をトタンで囲ったような簡易な店だった。五人座れば満杯になるカウンターだけの店内である。カウンターは店の形に合わせて、コの字型になっている。カウンターの中にいる物いわずの無愛想な主人は四十代の髭の濃い、腕の毛の荒い人である
二人は琉球そばを残さず、汁まで全部食べた。「おう、嬉しいことするな。最近は汁を残しよるのにな。若いに似合わず、みあげた根性やぞ。」と和己をほめた。そして、札二枚をポケットにねじこんでくれた。「みてたんや。あんたが馬乗りされてるとこな。悪い奴もおるもんや。物の善悪がわかってないのや。あんな奴は昔やったら、磔獄門やぞ。」と老人はいうと、煙草を吸おうとした。
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