抵抗
和己はきかれるままに自己の身上を語った。しかし母親のことだけは嘘を突き通した。それに父親のこともである。「吉野ゆうたら、なんたらいう天皇さんで有名やな。それと、郷士や。十津川郷士というのは、知れ渡っておる。」男はそういうと、真っ直ぐに道の向こうのなにかをみつめていた。

「ほんだら、ぼくはこの辺で失礼します。」和己は男になにか危険を感じた。<早く逃げださんと、もっと深みに入れられてしまうぞ。>と思ったのだ。和己はそれだけいうと、身を翻して、横町へ入ろうとした。「こら、食い逃げやぞ。」と背中へ声で突かれた。

和己は食い逃げという言葉に反応し、背中をビクンとした。そして、立ち止まった。「まあ、付き合えや。悪いようにはせんさかい。わしはあんたを気にいったのや。」男はそういうと、和己の作業服の脇を引っ張った。

商店街から路地を五メートルほど入った突き当たりの家である。民家の木造二階で入り口はアルミの重厚なドアになっている。しかし異様な物がある。金色の縁で拵えられた三十センチ四方の看板である。看板には金剛組と書いてある。そのとき、商店街のほうからレジ袋を両手に持った黒づくめの男が走り寄ってきた。

「会長。」と叫ぶと、男は荷物を持ったままで、最敬礼した。その声に気づいたのか、ドアの内部からも二、三人の黒服がゾロゾロと飛ぶようにしてでてきた。和己は一瞬で、ただの年寄りではないことを思い知った。

「まあ、まあ、恐がらんと入りなさい。恐いことなんかあれへんぞ。」男は和己の手を引っ張るようにして、靴を脱がせた。靴の中から異臭が漂ってきた。「おい。この靴捨てて同じようなの買ってこい。」と男は命じると、札をパラパラと床にまいた。

会長と呼ばれる男は、神棚を背にして座った。和己は火鉢をはさんで男の前にかしこまって座っていた。「膝を崩しや。歩けんようになるで。」と男は優しい言葉をかけた。やがて、六十年配の着物姿の女性が現れ、男がなにか耳打ちすると、女はニヤッと笑った。
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