抵抗
和己は番頭さんに教えてもらったことを思い出した。<こいつらの正体はやくざや。けど下手に抜けだすことは出来ん。吉野の伯父さんに迷惑をかけられてしまう。そうなったら弟のことも気がかりや。>そう思いながら、客室の掃除をしていた。

「夕べは客室やったけど、今夜から下の若い衆部屋で寝てもらうさかいな。」と女将さんが茶碗を片づけながら命じてきた。和己は生返事をした。すると、「なにか気にいらんのかいな。」と凄い顔でみられてしまった。「いいえ。」と否定するのがやっとだった。

和己は掃除機の線を抜くと、ボタンを押してコードをおさめた。窓のカーテンをめくってみた。外には作業服姿の男たちが輪になっていた。<あの人らはなんやろな。六人はおるで。ここの家に関係があるのやろか。>いろんな考えが浮かんでは消えた。

「和己。なにをさらしてねん。女将さんが呼んではるで。」とドアの向こうで、組員Cの声が響いてきた。「ハーイ。いま行きます。」と和己は応答して、ドアに向かった。

「あんた。犬の散歩行って。」女将の命令口調には反抗も出来なかった。組員Cと並んで秋田犬二匹を散歩させる。白犬と茶犬。両方とも引く力が強く、履いている運動靴のゴムがズリズリと音を立てる。「毎朝ですか。」と和己は組員Cにきいた。

「こらあ。糞持って行かんかいな。」と大声をだしたのは、掃き掃除をしている腹のつきでた中年男だった。男は組員を金剛組の若い衆と知っていた。「持って行けちゅうとるねん。なにを知らん顔しとるねん。」「証拠あるんけ。」と組員はしらを切った。「証拠てぼけか、俺がみてたやんけ。」和己は二人が近寄って行くのをみつめて恐くなった。

中年男は組員が向かってくるのをみて、<やばいぞ。向こう見ずの気違いかも知れん。>と思って警戒すると、次の言葉に躊躇した。「なんや。おっさん、なにか用事かいな。」と組員は相手がひるんでいることを見逃さなかった。そしてなおも付け入ると、「おっさん、なめとったらあかんぞ。」といいながら、犬をけしかけようとした。そのとき、警備中の警官三人が自転車でやってきた。組員は犬を引っ張って、和己と飛ぶように去った。
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