抵抗
「勉強が嫌いやったら、せんでもええ。高校もいかんでもええ。木工所の仕事をしたらええねん。」と伯父は学校嫌いの和己にそう吠えた。伯父の酒臭いのが一番嫌だった。

「兄ちゃん。高校へいかんのか。高校でとかなあかんのとちゃうか。」雅美は兄と二人きりになると本音できいた。「かめへんねん。恩にきせられるのは我慢ならん。」和己はそういうと、ゴロりと横向きになって、雅美に背中を向けた。

和己は中学を卒業すると、本田家の木工所で働いた。十五歳であるが、体は大きく筋肉質で、大人顔負けだった。背は百六十五センチ。体重は六十キロの堂々たる少年である。その働きぶりは、伯父の番頭や手下の者から随時報告されていた。「真面目な奴ですわ。」「体が丈夫で、見込みありまっせ。」など、伯父がほくそ笑む内容がもたらされた。

和己の計画は着々と実行されている。本田家にきてからの五年間で貯めた金である。工場の連中の煙草を買いに行ったりして釣り銭をもらった。正月に与えられる年玉は使わずに貯めてきた。それに四月分から三月分の給料がある。七月分の給料を手にしたら、和己は本田家をでる計画をしている。

給料日まであと十日の夜。プレハブ住宅にカエルの声がひびいてくる。二人はテレビを見ながら布団を敷いたところに寝そべっていた。「おまえは、この家からでたらあかんぞ。何があってもでたらあかん。ええな、これだけは守ってや。」和己は寝床に座りなおして、雅美のほうをみた。「うん、わかってる。」雅美はそう返事した。

「兄ちゃん。お金はあるんかいな。」「あるとも、使わんと貯めたさかいな。それに今月の給料ももらえるからな。」「どれぐらいあるのん。」雅美は兄のこれからの生活のことが心配だった。「そうやな、まず半年は暮らせる。」「ほんまか。」雅美はそう確認した
「そやけど、おっちゃんもびっくりするやろな。兄ちゃんがいてへんようになったら。」雅美はそういうと、寝床に大の字になった。「そんなん、驚くかいな。おっさんらは、おれがでたら、スッキリしたとぬかしよるで。」和己はそういうと、テレビのほうをみた。
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