抵抗
次の日の正午を少し回ったころだ。和己は工場の連中と昼飯の最中である。弁当は毎日にぎり飯を食べる。本田家で飯を多めに炊き、人数分のにぎり飯を仕上げる。それに漬物とお茶の用意をしている。おかずは銘々が持参する。そんな昼食である。

「和己。遠慮せんで食べ。」木工所の番頭さんは、はじめから和己に親切だった。番頭が和己に親切なので、工場の連中も自然と仲良くしてくれた。「おい。このイワシうまいから食え。」とこんな調子で、持参した各々のおかずを皆でわけて食べる。

みなが食事を終え、お茶をすすったり、煙草に火をつけたりするころ、番頭さんが口を切った。「知ってるか。飛田の首切り地蔵のことや。」「どないしましてん。」と番頭の腰巾着の若いのが擦り寄るようにしてきいた。「浮浪者の亡霊がでるそうやで。」番頭は煙草を一服すると鼻から白くて長い煙を吐いた。

「亡霊てほんまですか。」和美は番頭に恐る恐るきいた。番頭は隅っこにいる和美を手招きして側に寄らせた。「ちょっと、入れ代わったり。」と腰巾着を追い払った。「和己。ここへ座り。ええか、ほんまのことやで。ようききや。亡霊は成仏できんと、天空をさまよってるんや。」番頭は腕をグルグルとまわして、空を指さした。

「JR新今宮駅から歩いて十分ぐらいのとこに、首切り地蔵があるそうや。あのあたりは昔は飛田いう刑場やったんや。お地蔵さんは江戸時代からあるねんて。首を切られた罪人の霊を弔ってきたんや。」番頭は身振り手振りを交えて、まるでみてきたように喋った。
和己が舌をまき、唾を飲み込んでいると、「あのあたりは恐いとこやぞ。いまでも浮浪者が一突きされて、殺されるそうや。」番頭の目は飛びでるほどにみえた。番頭はフーッと息を吸い込むと、煙草をくわえて火をつけた。鼻から白い筋をはきだすと、また語った。
「嘘かほんまかわからん。けど噂やから、大概ほんまのことやろ。あのあたりの組織の奴らが、若い者の度胸試しに浮浪者をドスで一突きさせるそうやで。」「ほんまなんですか恐い話ですね。」和己は少しずつ尻の穴にこそばい感じが強くなっていた。
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