雪に消えたクリスマス
草原の草の香りと、ほんのりと甘い桜の花の香りが鼻をくすぐる。
 その風に乗って、桜の花弁が運ばれてくる。
 暖かい春の木漏れ日が、光のダンスのようで楽しかった。
 春雨が作った水たまりに、自分の顔を映す。
 自分の顔と一緒に映った空が、とても大きくて、流れる雲が、とても高い所にあった。
 そんな穏やかな春の午後に、ボクはお母さんに連れられて、この丘に来た…。
 紋白蝶を追いかけて、丘の上の草の香りを嗅ぐ。
 ふと、お母さんの方に目を向けると、誰かと、話をしている最中だった。
「お母さ~ん!」
 ボクがお母さんと呼ぶと、お母さんは、すぐ戻ると元気に返事をしていたが、相手の人との話が終わらないのか、中々戻っては来なかった。
「お母さんってば>」
 ボクが、もう一度呼ぶと、お母さんはやっとボクの方に戻ってきた。
 不思議だったのは、さっきまでお母さんと話をしていた人が、突然消えてしまった事だ。
 お母さんは、後ろを向いていて気がつかなかったようだが、目にうっすらと涙を浮かべていた。
「どうしたの、お母さん?さっきの人がお母さんをいじめたの?」
 心配して駆け寄ったボクの頭を、お母さんは優しく撫でてくれた。
「違うのよ。さっきの人が、懐かしくてね…なんだか泣けちゃったの…」
 お母さんの言った事は、ボクにはよく分からなかったけど、お母さんは、さっきの人がいなくなった方を、いつまでも見ていた。
「さっきの人、お母さんの知り合い?」
 ボクがお母さんにそう聞くと、お母さんは笑って、またボクの頭を撫でた。
「知らない人…よ」
 そう言ったお母さんの目には、もう涙はなく、かわりに、太陽みたいな笑顔があった。
 
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