生と死
『〜〜〜〜〜〜!!』


女も負けじと甲高い声で怒鳴り続ける。


はっきり言って、カタコトの日本語で、しかも甲高い声では何を言っているか分からない。


朱美は、理解する必要も無いと思い、女の罵声に被せる様に怒鳴り散らす。


二人は無駄に叫び合っていた。



母親に止められ、少し冷静を取り戻すと、言い合いのくだらなさに呆れ果て、ドアホンを元に戻した。



すると、母親は玄関に行き、ドアを開けようとした。


この修羅場を冷静に見ていた妹が、慌てて母親を引っ張り戻す。

「二人とも落ち着いてよ!!今出てったら何されるか分からないよ!凶器持ってるかも知れないじゃん!!」

妹は必死に母親を玄関から引き離す。



こんな時に、肝心の父親は何処にいるんだ?

部屋で寝てるのか?


まだ帰って無いのか?




すると、『ガツン!』と大きな音がした。

玄関のドアの郵便受けに、傘が突き刺さっていた。


外に置いてあった傘だ。


怒った女は、傘を郵便受けに突っ込んだ。

そして帰ってしまった。



とりあえず一段落した時に朱美は、「あいつは?」と父親の居所を聞いた。


すると、トイレから父親が出てきた。

暢気に新聞片手に父親は部屋へ戻ってきた。


4人が静まり返って立ち尽くす姿に、父親が言った言葉は――






「終わったか?」





(は…?)
朱美は怒りを通り越して、頭上にでっかいハテナが浮かんだ気分だった。


修羅場が起きた原因の父親は、家族が危険に曝されている時も、黙ってトイレに居座っていたのだ。


この人は、父親でもなんでもない。


朱美は強く思った。



その後、ほんとに話す事は無くなっていった。


父親が帰ってきたら、居間でテレビを見ていても、妹と3人で自分達の部屋に逃げた。


とにかく避け続けた。


狭いアパートだから、どうしても姿を見てしまうし、父親の部屋は隣だから声も聞こえる。



耳を塞いだ。



目を綴じた――



< 23 / 58 >

この作品をシェア

pagetop