七狐幻想奇譚
「ああ、君が夏野くん?」
そう名を呼んだ人物は丸いレンズの眼鏡をかけ、長い髪が鬱陶しいのか、後ろに無造作に束ねている。部屋にはパソコンが二台と本の山。床にも本は散乱し、もはや足場がない。
夏野と呼ばれた少年は、深々とお辞儀をした。
「お久しぶりです。芦屋(あしや)さん」
「そんなにかしこまらなくていいよ。真琴って呼んでくれないか? 君と会うの、結構楽しみにしてたんだからさ」
「いえ、俺がこっちに来る事を両親に取り計らってくれたのも芦屋さんですし、俺が尊敬してる人をそう呼ぶわけにはいきません」
「ずいぶんと成長したもんだねぇ。前まで呼び捨てだったのに。まあ、一応君はこっちの生まれだしね」
「両親は田舎臭い町と嫌ってましたが。都会の進学校に通わせたいという、母の希望もありましたから」
「メールで報告してくれたよね確か。名高い進学校に入学したって。でも結局は、両親には内緒で、勝手に自主退学しちゃったんだよねぇ。本当大変だったよ、話をつけるのは」
もう一度頭を下げる。つくづくこの人には、頭があがらないなと思う。
この恩を一生で返しきれるか、わからないが。
「俺は――償わなければいけないんです」