ラスト プリンス


「さっきあんなことがあったのに、暗い夜道を歩いて帰るのか? バカだろ」

「そ、それは……」

「いいから乗ってけ」

 あたしの手の甲を掴んでいた手は、いつの間にか手首を掴んでいて。

 強引にあたしは立たされた。

「わっ分かったからっ! ちょっと、連絡させて」

「ああ、分かった」

「離して」

 掴まれている手首をブンブン振って訴えてみるものの、疑いの眼差しで見てくる耕太にあたしは。

「逃げないから」

 と付け足した。

 それでも眼鏡の奥は、あたしを信用していない色に染まっていて、仕方なくソファーに座り、その気がないことを示した。

 とりあえず、家には近づきたくない。

 ってことは………うーん、いきなりで大丈夫かしら?

『はい、もしもし。梨海ちゃん?』

 電話をかけると、耳に優しいソプラノが響き、安心する。

「もしもし、優衣?今、ヘーキ?」

『うん。大丈夫だよ。どうしたの?』

 声だけでも、優衣が眉を下げ、心配していつもあたしを下から覗き込むような、そんな様子が思い浮かぶ。

 目の前の耕太に一瞬目をやって、俯きなるべく声が聞こえないようにする。


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