ラスト プリンス
「こんにちは。いつものください」
「はいよー。ちょっと待っておくれ」
ゆったりとしたジャズに耳を澄ませながら、コーヒーの香りを胸いっぱいに吸い込む。
うっとりと喫茶店の雰囲気に飲み込まれていると、カランコロンとドアのベルが鳴った。
「あら、いらっしゃい」
柔らかくも少しアルトよりの声に振り返ると、少しふっくらとしたおばさまが、片手で持てる花束を持って現れた。
お店に入ってきたのに、なんで『いらっしゃい』なのかが分からなくて。
「どうも……」
と、答えるので精一杯だった。
しばらくして、お店の奥から出てきたマスターがあたしに紙袋を差出しながら、おばさまを見て「おかえり」と。
「昌子さん。BELLの梨海ちゃんだよ」
「そうだったの? いつもありがとね」
どこかで買い物をしてきたのか、あたしに話し掛けながら食材が入ったビニール袋をマスターに渡す昌子さん。
「いいえ。……あの」
「妻の昌子です。これからもよろしく」
ああ、そういう事か、と納得したあたしは、いつもお世話になってます、と微笑んだ。