ラスト プリンス
「……おはよ。 ねぇ、耕太……」
声が震える。それをなんとか誤魔化そうと、咳払いをして風邪を装う。
「風邪、か?」
「………分かんない」
「ひどくなる前に帰れよ」
「………うん」
「梨海……?」
不意に顔を上げあたしを見た耕太は、若干眉を寄せしわをつくっている。
すっとのびてきた手は、あたしの頬を包み込んだ。
それだけで、心臓がバクバクするなんて、頬や身体が熱くなるなんて。
立っているのはあたしなのに、その威圧感のある耕太の瞳に飲み込まれてしまいそう。
人差し指から小指で、頬を滑っていくその指は、男らしいのに、綺麗。
あれ?と、思ったときには遅かった。
「ねぇ、こう……いっ!!」
滑った指と親指で、おもいっきり、しかも笑顔で頬をつねる耕太。
「バーカ」
くっと喉の奥で笑う耕太は、頬から手を離し、近くに置いてあった新聞に手をのばす。
新聞をめくる音が響く中、「コーヒー」と呟く声が聞こえた。
いつも通りの社長室に、耕太に、コーヒーの香りは、あからさまにあたしを感傷の渦へと巻き込んでいく。