ラスト プリンス
「恋人同士の騎士と乙女がドナウの川岸を散歩していました」
………ああ。 彼は。
無駄な昔話をしてるわけじゃないのね。
「川面を流れる一束の青い花をほしがった乙女のために、騎士はすぐに川へ飛び込んだ。 が、川の流れは早く、青い花に手が届いたその時。 騎士は急流に流されてしまった。 重い鎧で体の自由が利かない騎士は、最後の力を振り絞り、乙女に花を投げた」
すっと。あたしの耳元に口を寄せた彼は、囁く。
「『私を忘れないで』と叫びながら」
勿忘草の花言葉――『私を忘れないで』
あれを生けたのはあたし。
けど、どうしても、辛くて辛くて仕方ないの………だから。
あたしの耳元に口を寄せたままの彼の肩に、自分の額を軽く押しあてた。
「………こうしていれば、お父様とお母様には、急接近した様に見えるかしら?」
辛い、けど、もうどうにもならないことだから。
彼にはすべてを話した上で、それでも彼を愛することを誓おう。
あたしは、前に進むことしか出来ないのだから。
彼は「見えるんじゃない?」と軽い口調でそう言った後、あたしの頭を撫でた。