ラスト プリンス
わざとだって、分かってるけどーっ。
「置いてきますよ」
耕太の一言で、顔を上げ、その広い背中を追い掛ける。
落ち着かないあたしの心臓を、深呼吸でなんとかしようと試みるけど、あの微笑みが頭から離れなくて。
浮かぶたびに、胸の奥が疼き、顔が熱くなる。
とくん、とくん、とくん。
思い出すたびに早くなる鼓動は、だんだんと落ち着いてきて、あたしに冷静さをもたらした。
こんなことでキュンとしてたら、ダメよ、梨海っ。
自分で自分に言い聞かせ、少しだけ前を歩く耕太に追い付こうと、必死に脚を動かした。
なのに、まったく距離が縮まない。
ああ、そうか。 彼はコンパスが長いんだわ、なんて考えてる暇もなく、やっとのことで耕太に追い付いた。
少しはあたしのことも考えてよ、と言いたい所だけど、何分(なにぶん)考え事をしていたのはあたしの方であって、しっかり歩かなかったあたしが悪い。
だから、せめて、歩くスピードを落としてほしくて、耕太の背中――スーツの裾を握り締めた。