ラスト プリンス


 ほんの数分前。少しでも、よりを戻してもいいかな、なんて思ったあたしがバカだった。

 もしかしたら、あたしは。

 別れても真司のことが好きだったから、誰に告白されてもなびかなかったのかも。

 くっと唇を噛み締めて、涙を堪える。

 こんなやつのために、泣くなんて、もったいないわ。

「ふざけ――」

「まだ、終わらないんですか?」

 あたしの言葉を遮って聞こえた声は、少し呆れ気味の耕太のもの。

 近づく足音に振り返ることも出来ないあたしは、必死に涙を飲み込む。

「またお前……」

 また? またって何よ。

「店の前で痴話喧嘩ですか?縁起が悪いのでやめて下さい。それと、梨海の方がずいぶんと大人ですね。あんたは猿以下」

「は?てめぇ、喧嘩売ってんのか」

「事実を言ってるまでですよ。あんたの頭じゃ、“七瀬梨海”を理解出来ない。ま、本人はあんたなんかに理解してほしくないと思いますけど」

 抑揚のない言葉は、真司の顔を曇らせていく。

 あたしは、ただ、何も言えなくて、耕太に支えられやっと立っていた。


< 86 / 269 >

この作品をシェア

pagetop