運命

実は少し怖くなり、授業があると言いその場から離れようとした。
その時腕に鈍い痛みが走る。男に左腕を掴まれていた。すごい力で男は握っている。この細身な体のどこにこんな力があるのかというくらい強い力だった。離そうにも離れない、そして何故か声がでない。実は諦め、逃げるのをやめた。

「そう慌てないで……」

男は口だけの笑顔を絶やさない。

「君は運命の選択を知っているかね。」

また同じ質問を実に投げかけてきた。
実は深くため息をつく。

「知りません。もういいですか。授業があるので」

実がそう言った途端男の口から唯一の笑顔が消えた。

「あまり運命の選択を舐めない方が良い。君は選ばれた。そして選択を迫られた。君は選んだ。選ばれる事を選んだ。望んだ。運命が運命を呼んでいる。流転している。不可逆の先に、何もない事を知らされる。私のように。もう先が無い。君の選んだ運命が君だけの運命とは限らない。それを教えにきた。それを知れ知れ知れ知れ知れ知れ知れ……」

途中から壊れたラジオのように同じセリフを言い続ける男から実は殺気に似た何かを感じた。その途端ずっと掴んでいた男の腕から力が抜け、ダラリと垂れる。実はすぐさま教室へと戻った。腕にはさっきの鈍い痛みがまだ残っている。教室のドアを勢いよく開けた。教室の生徒の視線が実に集まる。

「実！まだ顔色が悪いぞ！」

慎吾が慌てて言った。また、保健室へと連れ戻されそうになる。

「大丈夫だから！」

実は叫んでしまった。生徒の視線の質が変わる。

「ご、ごめん……」

慎吾が黙り込んでしまった。我に戻った実は、無言で席に着いた。周りの生徒が小声で話し出す。

「……はい、授業再開しますね」

谷口が授業を再開する。

「じゃぁ、丁度帰ってきた事だし、神埼君、教科書の65ページの上から12行目を読んでから、訳してくれる？」

実が席を立ち、教科書の65ページ、上から12行目を読む。