龍の世界
「あなたの兄、黎雅はこの世界では珍しい、人間らしい人でした。彼はこの世界には眩し過ぎる優しい心を持っていた。仲間をいつも庇い、常に周りを気にかけて……黎雅は決して見捨てると言う行為はしなかった」
お兄ちゃんらしいな。と私は冷静にそう感じた。
「黎雅は、あの時もそうでした……あの時「俺が殺したんだ」
若桜さんの言葉は遮られた。
聞き慣れない声。でも誰のものかなんて聞かなくたってわかる。
「麗龍ッ…」
若桜さんが咎めるようにその子の呼び名らしい名を呼ぶが彼はまったく若桜さんに視線を向けずに私を見つめていた。
そして私も彼から目を逸らさなかった。
逸らせなかった…
今にも世界を凍らせてしまうような冷たい瞳を…
「俺が殺したんだ…黎雅さんを…」
私は一瞬何も聞こえなくなった…
周りのざわめきは全く聞こえなくなって、なのに彼の声だけが鮮明に響いた。
「ぇ…?」
「俺があの人をッ!…あの人の命を奪ったんだッ!」
その悲痛な叫びは、あまりにも鋭く冷たくて、理解なんて出来なくて、私は逃げるように後ずさった。
「俺は、こんなところにいていい人間じゃない…こんな風に治療される価値なんて無いんだッ!!」
そう言って彼は点滴のチューブを握り締め、思いっきり引っ張った。
「麗龍ッ!…」
「やめろッ、麗龍ッ!」
はじめに湯川さんが彼を押さえ込み、それでも暴れる体を柳瀬さんが押さえた。
力がないのか、簡単に押さえ込まれ、ぐったりとしている。
血管に刺さっていた針を引き抜いた途端、真っ赤な血が辺りへ飛び散った。
真っ白な病室には鮮やかな赤が良く映えていた。
その血は、近くにいた私にまで飛んで来て、着ていた淡いグリーンのワンピースに、点々と赤い染みを付けた。
「俺が……殺したんだ……」
彼は小さく呟くように告げた。