龍の世界
*****




壊れてしまったバイクは藤堂さんの部下さんに任せ、私たちは柳瀬さんと藤堂さんに付き添われて屋敷に向かっていた。



このベンツは広さもあってのびのびと出来る。







「ありゃあ修理するより新しく買ったほうが安いな」


「もったいないねぇ…あれ、レアものでしょ?」


「別に…」




幾斗は藤堂さんや柳瀬さんの言葉にそっけなく答える。

けど、どこか違和感を覚えた。





「幾斗?」


「何…」


「幾斗、なんか…「あ!そう言えば幾斗。麻綾ちゃんに聞いたと思うけど、明後日から本家に行ってもらうからそのつもりでね。京都駅に葎也が迎えに来るから」


「は?葎也さんが来んの?」


「うん。本人がどうしても来たいって言って聞かなかったんだって」






私の声は柳瀬さんによって遮られてしまった。


幾斗が柳瀬さんの言葉に反応して、私の言おうとした言葉は幾斗には届かなかった。





「葎也さん、忙しいって聞いてたんだけど…」


「まぁいいじゃないか、葎也に会うのも久しぶりだろ?」




葎也さんとは皇也さんの弟で、今は桜千会の本家にいるらしい。









「ああ、麻綾ちゃん。言ってなかったけど本家は着物着用だからね」



「え…?」







助手席に乗る柳瀬さんが振り返ってそう言った。





「着物…ですか?」


「そう。決まりなんだよ。皇也なんて昔からそれが日常だから今でも着物着てるでしょ?あれが一番楽なんだって」


「そうなんですか…」


「麻綾ちゃんの着物は、もう用意されてるからね」


「えっ?」




さり気に言われたセリフに私は目を見開いた。





「皇也がはりきって用意してたから、着てあげてね」


「いえ!私着物なんてありませんから寧ろとても有り難いですけれど…」


「ま、あれは皇也の趣味みたいなものだから好きにさせてあげて。麻綾ちゃんは何の気兼ねもなく着てあげて」


「はい…」







柳瀬さんが前を向き、私も背をシートにもたれさせた。



そしてふっと幾斗の方を見た。









フランス人形のような美貌の横顔は、いつにもまして儚く、弱々しく見えた。










< 92 / 100 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop