BLACK DIAMOND
3
「おっはよう、東さん」
「おっ、おはようございます」
従業員の出入口で、廣岡さんがバシッと私に気合いを入れるかのように後ろから力強く肩を叩いてきた。
びっくりして声が裏返りそうになった自分にもドキドキしながら、気づかれないように心を落ち着かせる。
「そういえば、東ちゃんさぁ……」
これは後から気づいたことではあるけれど、廣岡さんが普段の呼び名と違う呼び方をするときは、彼女自身にとって楽しい話題が切り出されるときである。
「はい、何でしょう?」
「昨日かなりの美男子のお客様をエスコートしてたでしょ!」
「びっ……びだんし?しかもエスコートって表現は使い方おかしくないですか?」
「もう、とぼけちゃって。背が高くて、さらさらの栗色の髪に、高い鼻の先にある黒い……いや、茶色?とにかく、日本人にない容姿だったお客様よ!」
先に前置きをしていたと思う、いや、絶対にしていたけれど、念のために再確認させていただくが、廣岡さんには素敵な彼氏さんがいらっしゃる。
しかし、これも後から気づいたことではあるけれど、彼女は“美男子”がお好きなようである。よく俳優の誰其のここが良いとドラマやバラエティー番組で引っ張り凧のタレントという手を広げて活動中の人より役者という位置に徹している少し神秘的な人が良いらしい。
そう聞くと、彼女の彼氏さんが私の中で温厚そうだなと思っている印象が出来ているにも拘わらず、あの柔らかな笑みの裏にひょっとして……ということがあるのだろうかと思えてくる。
にこにことしている廣岡さんを前にして、私は忙しい朝という時間をしばし忘れてしまいそうだった。